EC-JOY!ギフトはこちら→    
春分とは
■ 春分
 記念日
■ 昼夜の長さ
■ 七十二候
春分の日 2
■ 古来からの祖先感謝
■ 天文学的な話
■ 春分の日の供養
春分の日 3
■ 春分の日の花
■ 春分の日の贈り物
■ 春分の日の料理
春分の日 Q&A
■ 何年後かの春分の日・秋分の日はわかるの?
■ 春分の日はなぜ年によって違うの?
■ 春分・秋分の日には、昼と夜の長さは同じになるの?
おはぎ
■ なぜ秋分の日におはぎをお供えしたり食べたりするの?
■ 簡単すぎ!甘さ控えめ!きなこおはぎ
春分とは
 ■ 春分
春分(しゅんぶん)は、二十四節気の第4。昼と夜の長さが等しくなります。二月中(旧暦2月内)。

現在広まっている定気法では、太陽が春分点を通過した瞬間、すなわち太陽黄経が0度となったときで、3月21日ごろ。暦ではそれが起こる日ですが、天文学ではその瞬間とし、日のほうは春分日(しゅんぶんび)と呼びます。恒気法では冬至から1/4年(約91.31日)後で3月23日ごろ。

期間としての意味もあり、この日から、次の節気の清明前日までです。

西洋占星術では春分を白羊宮(おひつじ座)の始まりとします。
天文学 西洋占星術 牡羊座
 ■ 記念日
日本ではこの日は国民の祝日の「春分の日」となります。春分の日は、国立天文台の算出する定気法による春分日を基にして閣議決定され、前年2月1日に暦要項として官報で告示されます。天文学に基づいて年ごとに決定される国家の祝日は世界的にみても珍しいです。また、この日をはさんで前後7日間が春の彼岸です。第二次大戦前は春季皇霊祭として祭日になります。

イラン暦の元日、ノウルーズ(nawruz)はちょうど春分の日に当たり、イランを中心に、中央アジアからアフリカまでに及ぶ広い地域で祝われる祭日です。ヨーロッパなどでも、春分をもって春の開始とします。いくつかの国では休日とされます。

春分の日の太陽光の当たり方。春分では太陽は赤道上にあるため、天文的な位置関係からは昼夜の長さが等しくなるように思えますが、実際は違います。
キリスト教で復活祭の日付を算出するには、春分を基点とし、春分後最初の満月の次の日曜日を復活祭の日と定めます。この算出方法をコンプトゥスといいます。ただし、ここでいう「春分」は暦の上での3月21日に固定されており、太陽黄経が0度の日とは必ずしも一致しません。「満月」も簡素化した計算によって求められており、天文学上の満月とは必ずしも一致しません。この算定法は第1ニカイア公会議で定められました。
国立天文台 キリスト教 復活 満月
 ■ 昼夜の長さ
『暦便覧』に「日天の中を行て昼夜等分の時なり」と記されているとおり、春分では昼夜の長さがほぼ同じになります。しかし、実際には、昼の方が夜よりも長いです。日本付近では、年により差があり、平均すれば昼が夜よりも約14分長いです。これは、次の理由によります。
大気差大気による屈折で太陽の位置が実際より上に見えるため、太陽が上に見える角度の分、日出が早く、日没が遅くなります。屈折は太陽が地平線に近いほど大きくなり、国立天文台では、太陽が地平線付近にある時の、その角度を35分8秒と見積もっています。ここから計算される日出・日没の時間の差は約2分20秒です。太陽の視角太陽の上端が地平線と一致した時刻を日出あるいは日没と定義しているため。これにより、太陽の半径の分、日出が早く、日没が遅くなります。ここから計算される日出・日没の時間の差は約1分5秒です。日周視差太陽の距離÷地球の半径は有限なので、視差により、0.7秒日の出が遅く、0.7秒日の入りが早くなります。春分のずれ1日の間にも太陽の黄経は変わるため、春分が1日のいつかにより昼夜の長さに差が出ます。この効果は昼夜の長さを最大で±1.1分変えます。ただし平均には影響を与えません。
これらを合わせると、日出は、太陽の中心が地平線から昇るより平均3分25秒早く、日没は、太陽の中心が地平線より沈むより平均3分25秒遅くなります。したがって、春分の日の昼の長さは平均12時間7分、夜の長さは平均11時間53分です。そして、実際に昼夜の長さの差が最も小さくなる日は春分の4日程度前になります。

春分日には、太陽は真東から昇って真西に沈みます。赤道上の観測者から見ると、太陽は正午に天頂を通過します。北極点または南極点の観測者から見ると、春分の太陽はちょうど地平線と重なるようにして動き、昇ることも沈むこともありません。
 ■ 七十二候
春分の期間の七十二候は以下のとおり。
初候
雀始巣(すずめ はじめて すくう):雀が巣を構え始める(日本)玄鳥至(げんちょう いたる):燕が南からやって来る(中国)
次候
桜始開(さくら はじめて ひらく):桜の花が咲き始める(日本)雷乃発声(かみなり すなわち こえを はっす):遠くで雷の音がし始める(中国)
末候
雷乃発声(らい すなわち こえを はっす):遠くで雷の音がし始める(日本)始雷(はじめて いなびかりす):稲光が初めて光る(中国)
七十二候 気候 日本 気候 歴史
 TOPへ戻る

春分の日 2
 ■ 古来からの祖先感謝
古来、人々はこの日を春の訪れを祝う日としていました。それと同時に祖先に感謝をするお祭りを行い、この風習は農村部で長く続いてきました。
明治時代、春分の中日を「春季皇霊祭」と定め、宮中において祖先を祭る日となったのをきっかけとして、一般市民の間でも祭日とされました。
その後1948年に、古来から伝わる自然に感謝する日「自然を称え将来のために努力する日」と法律で定められましたが、現在でも、春分の日というと「お彼岸」のイメージが強く残っています。
先祖 日本 先祖 歴史 古来
 ■ 天文学的な話
天文学的な話をすると、春分の日は、太陽が春分点(天球上の赤道を太陽が南から北へ横切る瞬間の交点)にくるため、昼夜の長さが等しくなる日と言えます。
その不思議な現象が古代の人の心を惹いたのではないでしょうか。暦は、天文学的要素と占いなどの要素の両方がバランスよく組み合わさって出来ています。
またこの日は、生気に満ちた体に更に活気をつけるためか、各地でマラソン大会など開催されるようです。
 ■ 春分の日の供養
昔から春分の日の前後3日間ぐらいの1週間をお彼岸として、一般家庭で
行われる先祖供養(お墓参り)が春分の日(お彼岸の中日)の供養です。

春分の日は、太陽が真西に沈むので、真西には極楽浄土があるという仏教説話から先祖の霊を供養する仏事が行われるようになりました。

これは、西方極楽浄土の信仰と結びついた日本独自の行事です。
お彼岸とは、生死の境目にある河の向こう側を彼岸(あの世と解釈する)と呼び、春と秋の2回(春分の日と秋分の日)彼岸会の供養を行います。

彼岸会の時には、在家では仏壇を丁寧に掃除し、
また墓参りする時には団子を作って供える事が広く行われているようです。

お彼岸の供養の仕方については、
1.お彼岸の入り日に、仏壇の両側に一対の団子を供え、団子は山型になるように盛ります。
2.お彼岸の中日(春分の日)には、仏壇におはぎ(又はぼた餅)をお供えします。
 
3.お彼岸の明けの日(最後の日)には、再び仏壇に団子をお供えをします。
 
4.お彼岸の期間中に先祖の墓参りをし、墓参りには、花・団子・お菓子などを持参します。
彼岸 供養 仏教説話 団子 墓参り
 TOPへ戻る

春分の日 3
 ■ 春分の日の花
春分の日の花と言うと、どうしても春のお彼岸に供える花という事になります。
秋の彼岸花・曼珠沙華に対して、春の彼岸花・金セン花と言うのが一般的ですが、春分の日という季節に相応しい花と言えば彼岸桜やミツマタの花、そして牡丹の花ではないでしょうか?

彼岸桜は、バラ科の花であり、少し寒さが和らいでくる3月中旬ぐらいから咲き始め、ソメイヨシノなどの桜に先駆けて咲きます。満開の時期がちょうど春分の日の頃になるため、彼岸桜と呼ばれるようになりました。花言葉としては心の平安を意味しているようで、長い冬眠から覚めた動物たちが生命の息吹に満ち溢れる様を象徴する花としてぴったりです。

ミツマタの花は、三つに分岐する枝に咲くため、三枝の花と書く事もありますが、春の訪れを待ちかねたように咲く花で、春の訪れを告げる花とされている事から春分の日の花として相応しいのではないでしょうか?淡い黄色の花を一斉に咲かせるのが特徴です。なを、園芸種では、朱色の花をつけるものもあり、赤花三枝と呼ばれているようです。

最後に牡丹の花ですが、百花の王とも呼ばれる牡丹の花は、富貴花とも呼ばれるように、華やかな花です。春分の日にぼた餅を供えるのも、{牡丹の花が咲く頃にあやかって}との意味合いから 、牡丹の花を象徴して供えたものです。この事からも春分の日に最も相応しい花かも知れません。
彼岸花 園芸 図鑑 花 水墨画 花 イラスト
 ■ 春分の日の贈り物
春分の日の贈り物と言えば、どうしてもお彼岸と切り離して考える事ができません。お彼岸の贈り物と言えば、御供え物と言う事になります。

御供え物の定番は、花、果物、お菓子、精進料理等です。
花なら金せん花、果物ならメロン・伊予柑・イチゴ・キウイなど、お菓子ならぼた餅と言ったところでしょうか?

ところで、ぼた餅(一般的におはぎの事をいい、春に食べるおはぎの事をぼた餅と言う)は、彼岸菓子とも呼ばれ、こしあん、粒あん、白あん、抹茶あん、黒ゴマ、白ゴマ、きな粉、青のりなど、現在では嗜好を凝らしたおはぎ作りが行われているようです。

ぼた餅とは、半つき、または蒸したもち米とうるち米にあんをつけたもので、牡丹の花のようなので{ぼたん餅}と言われるようになりました。

ぼた餅は、元禄時代の書物に{民家の食にして貴人の食するは稀なり}と記されている事からも明らかなように、庶民的な和菓子として今日に伝えられています。

江戸時代の後期には、お彼岸に配る風習があったらしく、文政年間に書かれた{馬琴日記}にもその記述が見られるようです。 
いずれにしても、地域特有のぼた餅を、心をこめて春分の日に贈るのも良いのではないでしょうか?
餅つき機 切り餅 江戸時代 文化 きな粉
 ■ 春分の日の料理
春分の日の料理と言えば、どうしてもお彼岸の料理と言う事で、精進料理と言う事になります。精進料理の精進とは仏の教えからきている言葉ですが、美食を戒め粗食であれとの教えから、肉類魚介類を使用せずに穀物・豆類・野菜などの食材だけで料理したもので、だしも、こんぶ・しいたけなどの精進だしを使うのが一般的です。

食材の味を生かすために調味料の使用を抑え、食材を余すところなく使い切って、無駄を出さないのも精進料理の特徴です。高野豆腐や雁もどき、油揚げ、にんじん、いんげん、たけのこ、こんにゃくなど、地味な食材が多く使われているのもうなずけます。 
ところで、料理を作る際に最も重要な事は、食べてくれる人々の事を第一に考えて心を込めて作る事だそうです。「真心を込めて料理を作れば、作り手の料理に込めた思いが食べてくれる人々に伝わり、食材に関係なく美味しいと思って頂ける」この事が精進につながり、教典を読むことや座禅をするのと同じような修業にも通ずるのだと禅宗の典座教訓にもあるようです。
最近では、タンパク源として肉や魚を食べるのは当たり前ですが、お彼岸の中日(春分の日)ぐらいは、肉や魚を除いた精進料理を食べて食の贅沢を戒めて見るのも良いかも知れません。
和食 レシピ 和食 料理 精進料理 万能 調味料
 TOPへ戻る

春分の日 Q&A
 ■ 何年後かの春分の日・秋分の日はわかるの?
まず、春分の日・秋分の日はいつどのようにして決まるのでしょうか。

祝日としての春分の日・秋分の日は、前年の2月1日に、春分の日・秋分の日の日付が書かれた「暦要項(れきようこう)」が官報に掲載されることによって、正式決定となります。例えば、2001年2月1日の官報には、2002年の春分の日・秋分の日が書かれた暦要項が掲載されています。逆に、それより前には、春分の日・秋分の日は「まだ正式には決まっていない」ということになります。(ただし、行政機関の休日には官報が発行されませんので、2月1日が該当する場合には翌日以降の掲載となります。)

しかし、カレンダーを作っていらっしゃる方や、何年か分の行事予定を立てられている方などの中には、来年、あるいはさらに先の年の春分の日・秋分の日を知りたいと思っている方はたくさんいらっしゃるようです。実際、「正式決定でなくてもよいので、もっと先の春分の日・秋分の日を教えてほしい」というご要望をいただくことがよくあります。

日本の祝日を定めている「国民の祝日に関する法律」によれば、春分の日は「春分日」、秋分の日は「秋分日」を採用するとされています。「春分日」「秋分日」というのは天文学上の呼び名で、次のように定義されています。

太陽は星々の間を移動していて、その通り道を「黄道」といいます。また、地球の赤道を天にまで延長したものを「天の赤道」といいます。黄道と天の赤道は、お互いが傾いているために2点で交わり、その交点のうちの一方を「春分点」、もう一方を「秋分点」と呼びます。そして、太陽が春分点・秋分点の上を通過する瞬間がそれぞれ「春分」「秋分」と定義され、「春分」「秋分」を含む日のことを、それぞれ「春分日」「秋分日」と呼ぶのです。

地球の運行状態などが現在と変わらないと仮定すると、将来の春分日・秋分日を計算で予想することができます。計算結果を下に載せておきます。ただし、地球の運行状態は常に変化しているために、将来観測した結果が必ずしもこの計算結果のとおりになるとは限りませんので、あくまで参考としてご覧になってください。

表1 西暦2000〜2030 年の春分日・秋分日

西暦年

春分日

秋分日

2000年
3月20日(月) 9月23日(土)

2001年
3月20日(火) 9月23日(日)

2002年
3月21日(木) 9月23日(月)

2003年
3月21日(金) 9月23日(火)

2004年
3月20日(土) 9月23日(木)

2005年
3月20日(日) 9月23日(金)

2006年
3月21日(火) 9月23日(土)

2007年
3月21日(水) 9月23日(日)

2008年
3月20日(木) 9月23日(火)

2009年
3月20日(金) 9月23日(水)

2010年
3月21日(日) 9月23日(木)

2011年
3月21日(月) 9月23日(金)

2012年
3月20日(火) 9月22日(土)

2013年
3月20日(水) 9月23日(月)

2014年
3月21日(金) 9月23日(火)

2015年
3月21日(土) 9月23日(水)

2016年
3月20日(日) 9月22日(木)

2017年
3月20日(月) 9月23日(土)

2018年
3月21日(水) 9月23日(日)

2019年
3月21日(木) 9月23日(月)

2020年
3月20日(金) 9月22日(火)

2021年
3月20日(土) 9月23日(木)

2022年
3月21日(月) 9月23日(金)

2023年
3月21日(火) 9月23日(土)

2024年
3月20日(水) 9月22日(日)

2025年
3月20日(木) 9月23日(火)

2026年
3月20日(金) 9月23日(水)

2027年
3月21日(日) 9月23日(木)

2028年
3月20日(月) 9月22日(金)

2029年
3月20日(火) 9月23日(日)

2030年
3月20日(水) 9月23日(月)
 ■ 春分の日はなぜ年によって違うの?
地球から見ると太陽が移動しているように見えますが、実は地球のほうが太陽のまわりを回っているのだということは、皆さんよくご存じだと思います。

地球が太陽のまわりを回る(公転)のにかかる日数は365日ちょうどではなく、平均すると約365.24219日です。これは時間に直すと365日と6時間足らずの端数があることを意味します。言い換えれば、地球は太陽のまわりを365日と約6時間かけてちょうど1回転し、元の位置に戻ってくるということです。(春分点を通過してから次に春分点を通過するまでにかかる時間の平均が365.24219日です。厳密に言うと、春分点は星空の中を移動していますので、星空に対して地球が太陽を1周する時間を考えると365.25636日となり、春分点から春分点までの時間とは違います。しかし、季節と一致するように1年の長さを決めるときには春分点を基準にしますので、普通に「1年の長さ」と言ったときには、365.24219日のほうを指しています。)

例えば、1996年の春分(の瞬間)は、3月20日の17時03分でした。そして、翌年の1997年は、その約6時間後の3月20日の22時55分、1998年はさらにその6時間後の3月21日04時55分、1999年は3月21日10時46分と、春分は毎年約6時間ずつ遅くなっていきます。そのために春分日の日付がずれることがあるのです。しかし、どこまでもずれ続けるのではありません。2000年はうるう年でしたので、1年の日数が平年より1日多く、366日ありました。そのため、春分は約6時間遅れると同時に1日早い日付になり、1996年の春分の時刻に近い、3月20日の16時35分になりました。

厳密には、1公転に必要な時間の端数は6時間に少し足りませんので、うるう年が入っても、春分の時刻は、4年前と全く同じ時刻になるわけではありません。このため、少し長期的に見ると、春分の時刻は少しずつ早まっていき、2024年からは、うるう年を含む3年間は3月20日が春分日で、残りの1年が3月21日という組合せになり、さらに2056年からは、毎年春分日が3月20日になると予想されています。

一方、秋分日は毎年変わらないものだと思っている方も多いかもしれませんが、春分日と同じ理由で、年によって変化します。最近毎年秋分日が9月23日なのは、たまたまそういう時期だというだけのことです。秋分日が毎年9月23日になるようになったのは、1980年からのことです。それ以前は、4年に一度9月24日が秋分日という年があり、2012年からは、4年に一度9月22日が秋分日になると予想されています。
太陽系 365日 雑学
 ■ 春分の日・秋分の日には、昼と夜の長さは同じになるの?
そう思っていらっしゃる方は多いようですが、実際にはそうではありません。これには主に2つの理由があります。

しかし、理由を考える前に、まず「昼とはなにか」「夜とはなにか」を考えてみましょう。

昼や夜がいつからいつまでなのかというはっきりした定義はありませんが、多くの場合、日の出・日の入が昼と夜の境であると考えます。ここでも、日の出・日の入が昼と夜の境であるとして、昼と夜の長さについて考えてみましょう。
ひとつ目の理由ですが、日の出と日の入の定義を考えてみます。

日の出も日の入も「太陽の上辺が地平線と一致する瞬間」として定義されています。もしも「太陽の『中心』が地平線と一致する瞬間」と定義されていれば、日の出から日の入まで太陽が移動する道のりと、日の入から日の出まで太陽が移動する道のりは、全く同じになります。しかし現在の定義では、日の出から太陽の中心が東の地平線に達するまでと、太陽の中心が西の地平線に達してから日の入まで、昼のほうが、それぞれ太陽の半径分だけ長い道のりを移動しなければなりません。そのために昼の時間が長くなるのです。

もうひとつの理由ですが、地球には大気があるために、地平線近くにある天体は、大気の中を通る光の屈折によって、少し浮き上がって見えるのです。どの程度浮き上がるのかは大気の状態によっても違いますし、地平線に近いほど浮き上がりの大きさは大きいのですが、日の出・入の計算をするときには35分8秒角(時間ではなく角度の単位)浮き上がるとして計算をしています。この効果によって、昼の時間はさらに長くなります。

実際に、2001年の春分の日(3月20日)の東京での日の出・入りを見てみますと、日の出時刻が5時45分、日の入り時刻が17時52分です。この数値から計算すると、昼の長さが12時間7分、夜の長さが11時間53分となり、昼のほうがずいぶん長いことがわかります。

地平線 地球 大気
 TOPへ戻る

おはぎ
 ■ なぜ秋分の日におはぎをお供えしたり食べたりするの?
秋分の日は彼岸の中日と言われていますが、
秋分の日と前3日間と後3日間の7日間をお彼岸といいます。
秋分の日はその年によって違いますが、9月23日が秋分の日だとすると
前3日の20日が彼岸入り(お彼岸の始まる日)
後3日の26日が彼岸明け(お彼岸の終わる日)
20日〜26日の7日間がお彼岸になります。

この時に先祖が現世に帰ってくる、と言われています。
先祖が返ってきたときに供養をするわけですが、その時にお供えするのがおはぎです。

それで、なぜおはぎなのかといいますと、おはぎのあんこの小豆の赤い色は、
邪気を払う、災難から身を守る、と昔から信じられています。

それで、邪気を払うという信仰と先祖の供養が結びついたために、おはぎをお供えし、そして食べるようになった、と言われています。

さて、秋分の日はおはぎですけど、春分の日は“ぼたもち”をお供えしたり食べたりしますよね。
おはぎとぼたもちは全く同じもの食べ物だという事をご存知でしたか?

実はおはぎとぼたもちは呼び方が違うだけで全く同じ食べ物を指します。

では、なぜ呼び方が違うのでしょうか?

おはぎは漢字で御萩と書きますが、秋分の日の季節に萩の花が咲くのですが萩の花に見立てたことからおはぎと呼ばれるようになったそうです。

それに対して、ぼたもちは漢字で牡丹餅と書きますが、春分の日の季節に牡丹(ぼたん)の花が咲くのですが牡丹の花に見立てたことからぼたもちと呼ばれるようになったそうです。

また、現代ではほとんど使われなくなりましたが、おはぎには夏と冬にも呼び名が存在します。
夏は夜船、冬は北窓という呼び名があります。
名前の由来には諸説あります。
また、地方によっては、ぼたもちとおはぎが違う場合があります。
こしあんを使ったものをぼたもち、つぶあんをつかったものをおはぎというところもあるようです。
信仰 先祖 供養
 ■ 簡単すぎ!甘さ控えめ!きなこおはぎ
ゆであずきをもち米と一緒に炊き込み、丸めてきなこをまぶすだけ!甘さ控えめでおいしい、なんちゃっておはぎができます☆


材料 (8個分)
もち米 2.5合
塩 小さじ1/2
ゆであずき 200g
きなこ 適量


1.もち米をといで炊飯釜に入れ、水加減します。
古いもち米であれば、30分ほど水につけておきます。

2塩・ゆであずきを加え、軽く混ぜて炊飯します。
炊き上がったら、軽くほぐして冷まします。

3.触れるほどに冷めたら、8等分して丸めます。
きなこをまぶして出来上がり。

コツ・ポイント
甘さ控えめななんちゃっておはぎです。
あんをくるまないので手間いらず。
甘いのが良い方は、きなこにお砂糖を混ぜてくださいね。
お菓子 レシピ デザート レシピ 和菓子 レシピ 和菓子 料理







Copyright (c) EC-JOY! All Right Reserved.